落語と朗読 ― 2012年03月16日 09時44分18秒
役者さんの落語と 役者さんの朗読の会に行った
3月12日から14日まで中野のスタジオあくとれで行われた
会場はアングラっぽい(そういうものを沢山みたわけではないが)
雰囲気があった
第1部
舞台には にわか作りの高座と歌舞伎座みたいな幕で
落語の感じを表している
終演後の本人からの話では師匠について習っているわけではないとの事
ひとり芝居の延長上にあるという
旦那さんと番頭さんと丁稚どんを 声音で使い分けるところは
やはり役者さんだ
本物の落語と違う所は 舞台にスライドで桜の花が表されたり
照明が変わったりするところ
こうなると「芝居」という事になる
舞台転換して第2部
舞台づくりも 慣れた様子のスタッフが手際よく転換する
朗読は オリジナル台本で 幼なじみの二人の少年の話
冒頭で病気の友人が死んだ事を証し
その後は追想の場面と 友人の死を直前にした場面が交互に現れる
二人の間に少女が入ってきたりする
物語は終始「私」という目からみられている
内容が盛りだくさん過ぎて わかりやすいとは言えないが
朗読者の声だけの演技でも 場面場面が目の前に浮かんでくる
日本海と崖と風と藪椿
藪椿は雪椿 というものだろうか
調べてみると 日本海側の山に咲く とある
作者の吉本哲郎氏は北九州在住の医師で
東日本震災の後 福島にも診療所を開設したそうだ
チケット代の一部を寄付されたという
(坂元貞美 落語「百年目」米朝さんの本より
松橋登 「歩け、肩をぶつけあいながら」吉本哲郎作
:2012年3月12日14日(水):スタジオあくとれ)
3月12日から14日まで中野のスタジオあくとれで行われた
会場はアングラっぽい(そういうものを沢山みたわけではないが)
雰囲気があった
第1部
舞台には にわか作りの高座と歌舞伎座みたいな幕で
落語の感じを表している
終演後の本人からの話では師匠について習っているわけではないとの事
ひとり芝居の延長上にあるという
旦那さんと番頭さんと丁稚どんを 声音で使い分けるところは
やはり役者さんだ
本物の落語と違う所は 舞台にスライドで桜の花が表されたり
照明が変わったりするところ
こうなると「芝居」という事になる
舞台転換して第2部
舞台づくりも 慣れた様子のスタッフが手際よく転換する
朗読は オリジナル台本で 幼なじみの二人の少年の話
冒頭で病気の友人が死んだ事を証し
その後は追想の場面と 友人の死を直前にした場面が交互に現れる
二人の間に少女が入ってきたりする
物語は終始「私」という目からみられている
内容が盛りだくさん過ぎて わかりやすいとは言えないが
朗読者の声だけの演技でも 場面場面が目の前に浮かんでくる
日本海と崖と風と藪椿
藪椿は雪椿 というものだろうか
調べてみると 日本海側の山に咲く とある
作者の吉本哲郎氏は北九州在住の医師で
東日本震災の後 福島にも診療所を開設したそうだ
チケット代の一部を寄付されたという
(坂元貞美 落語「百年目」米朝さんの本より
松橋登 「歩け、肩をぶつけあいながら」吉本哲郎作
:2012年3月12日14日(水):スタジオあくとれ)
ジョルジュ・サンドの恋人は ― 2011年12月26日 20時35分58秒
誰?と聞かれたら
ピアノの好きな人なら
ショパン
と 答えるでしょう
でもサンドにはそれまでにもたくさんの恋人がいました
詩人のミュッセもそうでした
そして
ショパンと出会うまでは弁護士のミッシェルが恋人でした
ミッシェルと二人で
リストの恋人マリーダグー夫人のサロンに行ったところ
ショパンと出会ったのでした
ショパンとの事を知ってミッシェルは サンドに別れの手紙を書きます
そして友人として弁護士として 生涯サンドを支えることになったのです
サンドとミッシェルの往復書簡の朗読の舞台
サンド=渡辺美佐子
ミッシェル=松橋登
ショパンを表す曲を弾くピアニスト=清塚信也
会場は並べるイスで仮設のようにも感じたが
200席ぐらいか 満席
舞台は中央にピアノ
上手に花と 小机の上には茶器
下手の小机には 酒瓶(?)で
男女を表している
オープニングのノクターンのようなオリジナル曲が奏でられ
上手からジョルジュ
下手からミッシェルが現れ
朗読劇の始まり
手紙の朗読の間に 手紙の内容に関係する曲がそのたびに演奏される
ただ ピアノの演奏が終わると それぞれに拍手が来て
それから朗読が始まり
やや分断されたように感じた
曲が終了後すぐに朗読が始まった方が見やすいと思った
渡辺の声は朗々としていて聞きづらいところが全くない
少し咳をしていたので喉を痛めていたのかもしれない
夏にも朗読を聞いた松橋登
今回は作品ではなく手紙の朗読だったが
声にもしっかり演技が入っていた
清塚のピアノ この人は〝のだめ〟の手をやった人(千秋の吹き替え)
ショパンの繊細さがよく表されていた
ホールではなく広い舞台で反響板もないため
音は散れていくように聞こえた
ビジュアルをよく考えた演奏スタイル
ややおおげさなジェスチャーもあった
コンサートではこうではないのかもしれない
ショパンとサンドが別れたのは
いろいろな理由があると思うが
手紙からは推測されるのは
ショパンは貴族たちサロンの寵児
サンドは社会運動という反体制運動に進んでいき
それが理由では という問いかけ
1848年
「農民や民衆が苦しんでいるのに
貴族達は贅沢三昧
そんな民衆を見捨ててはおけない」
というサンドの手紙
今の日本の状況の投影図のようにも思え
ほろりとさせられた
「病床でショパンはあなたに会いたがっていますよ」
というミッシェルの手紙に続いて
葬送行進曲が演奏された
これでショパンの死を暗示させる
最後のサンドの手紙
「ノアンの田舎道を歩いているときのショパンの笑い声が聞こえる」
幕
衣装も凝らず 小道具もなにも使わない
朗読劇と演奏だけのシンプルな舞台が
豊かなひと時を作っていた
(ピアノと物語ジョルジュ/2011-12-26/座高円寺)
ピアノの好きな人なら
ショパン
と 答えるでしょう
でもサンドにはそれまでにもたくさんの恋人がいました
詩人のミュッセもそうでした
そして
ショパンと出会うまでは弁護士のミッシェルが恋人でした
ミッシェルと二人で
リストの恋人マリーダグー夫人のサロンに行ったところ
ショパンと出会ったのでした
ショパンとの事を知ってミッシェルは サンドに別れの手紙を書きます
そして友人として弁護士として 生涯サンドを支えることになったのです
サンドとミッシェルの往復書簡の朗読の舞台
サンド=渡辺美佐子
ミッシェル=松橋登
ショパンを表す曲を弾くピアニスト=清塚信也
会場は並べるイスで仮設のようにも感じたが
200席ぐらいか 満席
舞台は中央にピアノ
上手に花と 小机の上には茶器
下手の小机には 酒瓶(?)で
男女を表している
オープニングのノクターンのようなオリジナル曲が奏でられ
上手からジョルジュ
下手からミッシェルが現れ
朗読劇の始まり
手紙の朗読の間に 手紙の内容に関係する曲がそのたびに演奏される
ただ ピアノの演奏が終わると それぞれに拍手が来て
それから朗読が始まり
やや分断されたように感じた
曲が終了後すぐに朗読が始まった方が見やすいと思った
渡辺の声は朗々としていて聞きづらいところが全くない
少し咳をしていたので喉を痛めていたのかもしれない
夏にも朗読を聞いた松橋登
今回は作品ではなく手紙の朗読だったが
声にもしっかり演技が入っていた
清塚のピアノ この人は〝のだめ〟の手をやった人(千秋の吹き替え)
ショパンの繊細さがよく表されていた
ホールではなく広い舞台で反響板もないため
音は散れていくように聞こえた
ビジュアルをよく考えた演奏スタイル
ややおおげさなジェスチャーもあった
コンサートではこうではないのかもしれない
ショパンとサンドが別れたのは
いろいろな理由があると思うが
手紙からは推測されるのは
ショパンは貴族たちサロンの寵児
サンドは社会運動という反体制運動に進んでいき
それが理由では という問いかけ
1848年
「農民や民衆が苦しんでいるのに
貴族達は贅沢三昧
そんな民衆を見捨ててはおけない」
というサンドの手紙
今の日本の状況の投影図のようにも思え
ほろりとさせられた
「病床でショパンはあなたに会いたがっていますよ」
というミッシェルの手紙に続いて
葬送行進曲が演奏された
これでショパンの死を暗示させる
最後のサンドの手紙
「ノアンの田舎道を歩いているときのショパンの笑い声が聞こえる」
幕
衣装も凝らず 小道具もなにも使わない
朗読劇と演奏だけのシンプルな舞台が
豊かなひと時を作っていた
(ピアノと物語ジョルジュ/2011-12-26/座高円寺)
表紙がぼろぼろだった ― 2011年09月19日 14時56分25秒
中央線の荻窪の駅からゆっくり歩いても10分はかからないところにあった
大きな木々に囲まれて それに作られた日影の外階段を上がる
ドアを開けるとロビーとはいえないほどのスペース
公演のチラシなどもおいてある
中のドアが開け放され 開場すると入口で受け付けが始まった
出演者の松橋登が お客さんを迎えていた
今回で2回目となる朗読会の幕開けだった
前回は太宰や横光などの純文学といわれる作品を
朗読者4人が読んだ
今回はずっと新しい時代になり 昨年亡くなった井上ひさしの短編集を
4人で朗読した
開演までの間に 会場の細長い窓から 木々の緑がゆれるのを見る
朗読者は 高橋弘幸 藤川千尋 片山美穂 松橋登
作品は 握手 半辺舎一朱 桃 他人の指
それぞれ 30分ほどの朗読
井上ひさしは名前や舞台の話題は知っているけれど
作品そのものは読んだことがなかった
この公演にさいして読もうと思っていたが
この本番までには間に合わなかった
ウキでみると 幼少期に父を亡くし
継父に虐待を受け 施設に預けられた
作家はそこでキリスト教の洗礼を受けた とあった
朗読された作品にも 施設を舞台にしたものが2編あった
底に苦味がある そんな作品だった
朗読は初めて と言う高橋は
それでも舞台役者の声をしている
神父と 幼少期にその世話を受けた少年との会話
二人の会話の色分けが やや薄かったように感じた
半辺舎一朱は 十返舎一九の跡継ぎの話
藤川の落語家のような語り口がさわやか
桃 の片山は前回も出演したが
落ち着いた朗読だった
トリは 松橋登
他人の指 を読んだことがあれば
新劇界の貴公子といわれた松橋には
そのイメージを払拭するような作品
一フレーズ目から 朗読を超えた“劇”が始まった
小道具もない 椅子に座ったまま動きもなし
それでいて十二分に 井上ひさしのエロティックでSF的な世界を
作り上げていた
新劇界の貴公子も 齢 アラカンですからね
4人とも 同じ装丁の赤い表紙の台本だったが
松橋の持っていたその表紙が ぼろぼろになっていた
それだけ念入りに読んでいたと思われた
4人の朗読が 1楽章から4楽章のように
誰がぬけても定まらないというような
緩急のある一つの舞台になっていた
(敬称略)
(『朗読劇場Vol.2 井上ひさし短編集/9月18日/荻窪 かん芸館)
大きな木々に囲まれて それに作られた日影の外階段を上がる
ドアを開けるとロビーとはいえないほどのスペース
公演のチラシなどもおいてある
中のドアが開け放され 開場すると入口で受け付けが始まった
出演者の松橋登が お客さんを迎えていた
今回で2回目となる朗読会の幕開けだった
前回は太宰や横光などの純文学といわれる作品を
朗読者4人が読んだ
今回はずっと新しい時代になり 昨年亡くなった井上ひさしの短編集を
4人で朗読した
開演までの間に 会場の細長い窓から 木々の緑がゆれるのを見る
朗読者は 高橋弘幸 藤川千尋 片山美穂 松橋登
作品は 握手 半辺舎一朱 桃 他人の指
それぞれ 30分ほどの朗読
井上ひさしは名前や舞台の話題は知っているけれど
作品そのものは読んだことがなかった
この公演にさいして読もうと思っていたが
この本番までには間に合わなかった
ウキでみると 幼少期に父を亡くし
継父に虐待を受け 施設に預けられた
作家はそこでキリスト教の洗礼を受けた とあった
朗読された作品にも 施設を舞台にしたものが2編あった
底に苦味がある そんな作品だった
朗読は初めて と言う高橋は
それでも舞台役者の声をしている
神父と 幼少期にその世話を受けた少年との会話
二人の会話の色分けが やや薄かったように感じた
半辺舎一朱は 十返舎一九の跡継ぎの話
藤川の落語家のような語り口がさわやか
桃 の片山は前回も出演したが
落ち着いた朗読だった
トリは 松橋登
他人の指 を読んだことがあれば
新劇界の貴公子といわれた松橋には
そのイメージを払拭するような作品
一フレーズ目から 朗読を超えた“劇”が始まった
小道具もない 椅子に座ったまま動きもなし
それでいて十二分に 井上ひさしのエロティックでSF的な世界を
作り上げていた
新劇界の貴公子も 齢 アラカンですからね
4人とも 同じ装丁の赤い表紙の台本だったが
松橋の持っていたその表紙が ぼろぼろになっていた
それだけ念入りに読んでいたと思われた
4人の朗読が 1楽章から4楽章のように
誰がぬけても定まらないというような
緩急のある一つの舞台になっていた
(敬称略)
(『朗読劇場Vol.2 井上ひさし短編集/9月18日/荻窪 かん芸館)
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